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鹿児島地方裁判所 平成元年(ワ)984号 判決 1993年5月17日

鹿児島市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

久留達夫

福岡市<以下省略>

被告

久興商事 株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

上田正博

主文

一  被告は、原告に対し、金一七八八万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三五八二万円及びこれに対する昭和六三年五月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告と被告の地位

原告は、医師であり、被告は、商品取引所上場商品の売買取引受託業務等を行う商人である。

2  本件取引の実態

(1) 原告は、昭和六二年当時a病院(以下病院という。)に勤務する医師であったが、同年九月始め頃より被告の従業員から病院にいる原告に対し、度々商品先物取引を勧誘する電話があった。原告は、これを断っていたが、被告の従業員は、一日に何回も病院の原告に電話をかけてくるので、原告は、病院の業務に支障が生じることを恐れて、自宅で被告の従業員の話を聞くことにした。被告のこのような勧誘は、「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」にある「新規委託者の開拓を目的として面識のない不特定多数に対して無差別に電話による勧誘を行うこと」を禁止した事項に違反するものである。

(2) 同年九月一九日頃の夜八時ころ、原告は、自宅で被告の従業員と会って、商品先物取引の勧誘を受けたが、これを断った。ところが、同月二一日に被告の従業員から病院にいる原告に再び電話が入って、強く取引を勧められ、原告が断ると、その日の昼ごろ突然被告の従業員が病院を訪ね、いつまでも待合室で待っているので、しかたなく会うと、又執拗に取引を勧めるので、原告は、商品取引に入る際の書類さえ作成すれば被告の従業員は帰るものと思い、被告の従業員の言われるままに右書類を作成した。ところが、被告の従業員から、今度は実際に取引をしなければならないと言われ、原告がこれをしぶっていると、被告の従業員は、小豆の値段の動きを書いた表を見せて一月分の小豆が良いと勧めた。原告は、この従業員の言っていることがほとんど理解できなかったが、押し切られた形で、委託証拠金五〇〇万円を被告に預ける約束をしてしまった。その数十分後に被告の別の従業員から電話が入り、すぐにでも利益が上がりそうなので、あと五〇〇万円追加するように言ってきた。原告のところにいた被告の従業員も、今がチャンスであることをしきりに強調したため、原告は、更に五〇〇万円を追加することを承諾した。被告の従業員の話では、一月分の小豆を二〇〇枚売りに投資するということだった。しかし、被告は、実際には、九月二一日に二月限を四〇枚、同月二二日に一月限を六〇枚、同月二四日に二月限を一〇〇枚と五〇枚の売建玉をした。

被告の従業員が原告を商品取引に入らせるに際し、とった行動は、執拗に電話をしたり、職場に長時間居座ったり、商品取引について全く無知な原告に対し、強引にその日のうちに取引をすることが義務であるかの如く思わせるもので、それ自体が公序良俗に反する勧誘方法であるが、更に右勧誘については商品取引が極めて利益性が高い取引であることを説明したり、逆に商品取引の危険性についてはこれを充分理解させることを怠るなど、商品取引所指示事項(投機性等の説明の欠如)に反するものであった。

(3) 原告が一〇〇〇万円を預ける約束をした日の翌日より、被告の従業員のBから病院にいる原告に対し、一日に何度も電話がかかり、今がチャンスなので更に投資するように執拗に勧められた。このため、原告は、診療も満足に行えなくなった。Bは、同年九月二八日(月曜日)ころ、原告に対し、更に二〇〇〇万円を出してあと四〇〇枚分取引して欲しい、そうすれば、土曜日までには倍にして持ってくる、そうすれば、四〇〇〇万円になるので、最初の一〇〇〇万円の出資と今回の二〇〇〇万円の出資との差が一〇〇〇万円になるので、その一〇〇〇万円で今後取引をすればよいという意味のことを言って、原告に更に金を出すことを勧めた。その結果、原告は、病院に何度も電話をしないことを条件に更に二〇〇〇万円の委託証拠金を被告に預けることを約束した。右Bの勧誘は、今投資すれば儲かるという趣旨の説明を執拗に行っており、これは商品取引において利益を生ずることが確実であると誤解させるような判断を提供してその委託を勧誘することを禁止した商品取引所法九四条一号、受託契約準則一六条二号に反するものである。

(4) 前記の原告が被告に二〇〇〇万円を預ける約束をした際、原告は、これを一月限の小豆の売りに投資するよう指示した。ところが、被告の従業員より病院に電話があり、一二月限、一月限、二月限と三つに分けて二〇〇枚ずつ売買したという連絡であった。原告が、自分の出した指示と違うと抗議したところ、一つの月には二〇〇枚しか投資することができないという返事であった。原告は、それでは話はなかったことにしようと言ったが、それはもうできないという返事であった。そこで、被告の鹿児島支店の支店長にかわってもらい、話が違うと述べたが、支店長もそれはできないと言った。原告は、それでは金は払えないと抗議して電話を切った。ところが、それからも被告の従業員から病院へ何度も電話が入り、更に病院まで押しかけてきて金の請求をされた。原告は、被告の従業員の右行為が病院の仕事に支障をきたすようになったため、やむを得ず、被告の要求する委託証拠金二〇〇〇万円を支払うことにした。ところが、その後数日して被告は、今度は委託証拠金として預かっている三〇〇〇万円が減少してきたので、更に五〇〇万円出して砂糖(祖糖のこと)を買うように言ってきた。原告は、もう取引は止めると申し出たが、被告の従業員は、原告の要求を無視し、原告に更に五〇〇万円を出資させることを承諾させた。数日後に、被告の従業員のCより電話が入り、相場は損になっているが、任されている客がいるので、その客に反対に売買したようにしてこちらにもうけさせてやるという趣旨のことを言われた。原告は、Cにその金を返還するように要求したが、全く応じなかった。被告のこのようなやり方は、商品取引所法九四条三号、四号、同法施行規則七条の三第三号により禁止されている無断売買であり、違法なものである。しかも、被告のやり方は、新規委託者について三ヶ月の保護育成期間を設け、この期間中は、原則として二〇枚以下の建玉でしか取引できないとした全国商品取引員協会連合会制定の新規委託者保護管理協定に違反するものである。

(5) 原告は、被告の従業員のやり方に驚いて、被告の従業員に対し、取引をやめることを申し出たが、被告の従業員は、これを全く無視した。被告の従業員からはその後も一日に何回も病院に電話がきていたが、原告は、まともに相手にする気になれず、適当に応対するだけで、何ら売買の指示はしなかった。ところが、しばらくすると、被告の従業員から前に預けた委託証拠金が二〇〇〇万円位になってしまったという電話がきた。原告が立腹して抗議しても、そうなってしまったのだからどうしようもないと言うだけだった。更にしばらくすると、被告から委託証拠金残金が一〇八八万二二五〇円になったという書類が届いた。被告は、別紙取引一覧表の如く、同年一〇月七日から同月二七日までの間に、原告との間で取引を成立させているが、原告は、商品取引について全く知識がなく、しかも医師という極めて多忙な職業から判断しても短期間に原告の判断でこのように頻繁に売買することは不可能であり、被告の無断売買ないし一任売買を強くうかがわせるものである。

(6) その後、被告の本社からDが来て、取引に不満があるなら電話してくれということなので、原告は、Dに取引の経緯を説明したが、これは相場ですからねというだけで全く取り合ってとらえなかった。そのうち、被告の従業員より、このままでは一〇〇〇万円が○になる、追い証がかかるかもしれないから少しでも入金しておくようにとの電話があった。そこで、原告は、日本電信電話株式会社の株式一株を預けたが、被告の取引方法に疑問を持ち、この株式や委託証拠金を返還するよう要求したが、被告は、これに応じなかった。被告のこの行為は、委託証拠金の返還遅延を禁止した商品取引所法施行規則七条の三第一号に違反するものである。その後、原告は、知人を通じて被告と交渉した結果、昭和六三年八月二九日、ようやく被告から金二四六万六二五〇円と前記株式の返還を受けた。なお、被告は、昭和六二年一一月九日より昭和六三年五月二七日までの間にも、別紙取引一覧表の如く原告に頻繁に売買をさせているが、これらはまったく原告の指示に基づかずになされた無断売買である。

3  責任原因

(1) 不法行為責任

被告の従業員の右行為は、故意または過失により違法に原告の利益を侵害した不法行為であり、被告は使用者として、これにより原告に生じた損害を賠償する責任を負担する。

(2) 債務不履行責任

被告の従業員の右行為は、商品取引所法、同法施行規則、商品取引所定款、受託契約準則、指示事項、協定事項、新規委託者保護管理規則に反するものであり、被告は受託者として債務不履行責任を負担する。

(3) 公序良俗違反

被告の従業員の右行為は、典型的な客殺しといわれるものであり、極めて悪質な公序良俗に反する行為であり、取引行為全体が無効である。

4  損害

原告は、委託証拠金として、昭和六二年九月二四日ころ、金八〇万円、同年一〇月一日ころ、金一三五万円、同月三日ころ、金一六一四万二六〇〇円、同月五日ころ、金一六七四万三六五〇円の合計金三五〇三万六二五〇円を被告に預けたが、前記のとおりその一部の返還をうけたので、まだ返済をうけていない金三二五七万円が原告の受けた損害である。また、原告は、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したので、金三二五万円を弁護士報酬として請求する。

5  よって、原告は、被告に対し、金三五八二万円及びこれに対する原告が最終取引をさせられた日の翌日である昭和六三年五月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。同3及び4の事実のうち、被告が原告から委託証拠金として合計金三五〇三万六二五〇円を預かり、そのうち金二四六万六二五〇円を原告に返還したことは認める。

2  請求原因2の事実は否認する。被告は、原告の指示に基づいて、別紙取引一覧表の取引をしたものであり、無断売買その他の違法な行為は行っていない。

被告が原告と最初に契約を結んだ際の状況は以下のとおりである。昭和六二年九月一九日、被告の商品外務員であったEと同Fが始めて原告方を訪問して取引の勧誘をした際、Eらは、輸入大豆を勧めたが、原告は、「どうせ取引するなら大きく動く小豆がよい。」と言い、しかも、小豆の売建を指示した。Eらが、新規客が初取引で売建を言ったので驚いたところ、原告は、「実は、私は日興証券で清算取引をしているので商品取引のことはよく知っている。」と言って、Eらを納得させた。Eらは、同日原告方で契約書を作成し、原告は、値を指示して売建を発注した。同月二一日午前九時前に原告から被告の鹿児島支店に電話があり、Eがこれに応対し、ふたりで小豆の成行相場感について話し合ったところ、原告は、一九日の指値注文を取消し、四〇枚の成行売建を指示した。原告は、その際、印の変更を求めたので、Eは、同日午後一時原告方を訪問し、原告に午前に受注した取引が成立したことを報告し、改めて原告との間で契約書を作成した。

3  仮に、被告に損害賠償の義務が認められるとした場合でも、原告にも過失が認められるので、五〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

第三当裁判所の判断

一  請求原因1の事実及び同3及び4の事実のうち、被告が原告から委託証拠金として合計金三五〇三万六二五〇円を預かり、そのうち金二四六万六二五〇円を原告に返還したことは当事者間に争いがない。

二  請求原因2(被告の不法行為の成否)について判断する。

当事者間に争いのない事実及び証拠(原告本人、証人B、同C、乙一ないし一五二)によれば、以下の事実を認めることができ、右各証拠中、下記認定に反する部分は、他の関係証拠に照らして信用しない。

1  原告は、昭和六二年九月当時、母親が代表者をしているa病院(以下病院という。)に勤務する医師で、一〇〇万程度の月収があり、山一証券と取引があって、株の売買により最高二〇〇〇万円程度の投資をしており、株式の信用取引をした経験もあったが、商品取引は全くしたことがなかった。

2  被告の従業員は、昭和六二年九月、医師会名簿をもとに何回も病院に電話をかけて、全く面識のない原告に対し執拗に商品取引を勧誘したところ、ついに原告から自宅に招かれて商品取引の説明を行うことになった。

同月一八日、被告の従業員のEとFが原告宅に行き、原告にパンフレットを示しながら商品取引の内容を説明した。Eらは、商品というものには相場があり、自分のところに金を預けて商品取引をすればもうけることができる、取引に必要な金は取引単位一枚につき五万円であり、最低五〇〇万円は必要であるという内容の話をした。原告は、商品取引の内容については充分に理解することはできなかったものの、もうかる話だというので興味を抱き、商品取引を始めることとし、Eらの提出した基本契約書等に署名、押印した。原告は、Eらの勧める商品のうち、大豆には興味を示さず、小豆がよいといい、被告らの示す一二、一、二月の限月のうち、自分の好きな数字である一がよいと言った。Eらは、小豆は値下がり傾向にあり、売りがよいと勧め、原告もこれに応ずる素振りを見せたが、その日は具体的な注文の話までは出なかった。

3  同月二一日の午前中に、Eから病院にいる原告に電話があり、既に小豆の売建玉を四〇枚注文してしまったというので、原告が抗議したところ、その日の午後に、EとFが病院に来て原告と会い、間違いなくもうかるからというので、原告はその説明に納得し、改めて基本契約書等に署名、押印し、基本的な商品取引のしくみが記載してある「商品取引委託のしおり」と題する書面をもらい、一〇〇〇万円の委託証拠金を被告に預けることを承諾した。

その後、原告は、Eまたは被告の従業員のBの小豆は値下がり傾向にあるという話を信じて、同人らに勧められるまま、小豆の売りの注文を別紙取引一覧表(以下別紙という。)番号2ないし7のとおり注文し、同年九月二二日に、地産トーカンの株式五〇〇〇株、同月二五日に同株式一万株を委託証拠金として被告に預け、同月二四日に金八〇万円、同年一〇月一日に金一三五万円を支払った。そのうち、原告は、同月二八日に小豆の売建、一月限りの三五〇枚を注文したが、Bは、一月の建玉は二〇〇枚が限度となっていることから別紙番号5ないし7のとおり売建玉をして原告に説明したが、原告はその内容が理解できず、再びBに電話して限月が違うという内容の抗議をしたこともあった。Bは、右取引の際、「今すごく相場がいいからあと二〇〇〇万だしてくれればすごくもうかりますよ、土曜日までには倍の四〇〇〇万にして持ってきます。」と言い、原告はあと二〇〇〇万円出すことを承諾して、右各取引をしたものであるが、それから一週間たっても小豆の相場はBが予想したようにはならず、原告は、利益をあげるどころか計算上損害が発生していたので、原告が抗議すると、原告の担当者はBから被告の鹿児島支店長のCになった。

Cは、原告に両建や反復売買を勧めたりして、別紙番号7以降の建玉及び取引全体の落玉を行わせ、別紙中の売買損益金欄や損益累計欄記載のとおり、原告の損害を拡大させていった。

ところで、商品先物取引はきわめて投機性の強い取引で、少額の元手で、短期間の内に多額の利益を得ることができる反面、商品相場の予想は複雑な要素が絡み、正確な予想は困難であり、思惑がはずれて短期間で多額の損金を生じる可能性も大きいという性質をもっている。また、商品先物取引の制度上、取引を行おうとする一般投資者は、商品取引員に取引の依頼をしなければならず、取引の実行については商品取引員か同外務員に依存することとなる。そのため、商品取引所法の各規定、同法施行規則、商品取引所の指示事項、受託契約準則、商品取引所定款、全国商品取引員協会連合会制定の協定事項等は、商品先物取引のこのような特性に照らして委託者に不測の損害を被らせることを防ぐための配慮として設けられているものということができ、これらの諸規定は取引員に対する内部規範というにとどまらず、具体的な個々の取引に当たっては取引員と委託者との間の注意義務の内容を構成するものというべきである。従って、これらの規定の違反行為が直ちに取引行為を違法無効とするものではないにしても、これらの規定に著しく反する行為は、商品先物取引としての相当性を欠き、社会的に許容される限度を越えるものとして、取引員の勧誘や取引行為等の全体について不法行為が成立するものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、以下のとおり被告の従業員と原告との間の取引の態様には多くの諸規定の違反が認められる。

(1) 被告の従業員は、医師会名簿をもとに何の面識もなく、商品取引の経験のない原告に対して、執拗に電話による勧誘を繰り返したものであり、これは、「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」にある「新規委託者の開拓を目的として面識のない不特定多数に対して無差別に電話による勧誘を行うこと」を禁止した事項に違反する。

(2) 被告の従業員は、原告が株式の取引経験があり、医師で多額の収入があり、仕事に忙しく充分に商品の市場価格を調査、研究する暇がないことをよいことにして、商品取引がもうけが大きい取引であることのみを強調して、商品取引の株式取引と異なる特性について充分な説明をせず、欲に目が眩んだ原告をして商品先物取引の契約をさせ、さらに、前記のとおり「あと二〇〇〇万円を出せば、一週間後には倍の四〇〇〇万にして持ってくる。」などど言って、原告に、商品取引が確実に儲かるものであると信じさせ、多額の委託証拠金を被告に預けさせたものであって、被告の従業員のこれらの行為は、投機性等の説明の欠如に関する「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」に違反する他、商品取引において利益を生ずることが確実であると誤解させるような判断を提供してその委託を勧誘することを禁止した商品取引所法九四条一号や、利益を保証してその委託を勧誘することを禁じた同条二号に違反する。

(3) 被告の従業員は、別紙番号1ないし7のとおりこれまで先物取引の経験のなかった原告に対し、取引開始後一週間の間に合計六〇〇枚もの大量の建玉をさせており、また証拠(原告本人、乙四ないし九)によれば、そのために原告の実際の状況とは異なる内容の超過建玉申請書を次々に作成し、社内審査を通過させていたもので、被告の従業員のこれらの行為は、新規委託者について三か月の保護育成期間中、原則として二〇枚以下の建玉でしか取引することができないとした全国商品取引員協会連合会制定の新規委託者保護管理協定に著しく違反する。

(4) 別紙番号8以下の建玉及び別紙取引全体の落玉は、原告の積極的な指示に基づくものではなく、被告の従業員の勧誘によるものであるところ、被告の従業員のCは、同年一〇月五日から八日にかけて、別紙のとおり反復売買及び両建をしているが、これらは委託者である原告のために特に意味をもつものとは認められず、Cのこれらの行為は、一任売買を禁止した商品取引所法九四条三号に実質的に違反するのみならず、無意味な反復売買や両建を禁止した「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」に違反する。

以上のとおり、原告と被告間の取引には多くの諸規定の違反があり、これらは商品先物取引としての相当性を欠き、社会的に許容される限度を越えるものと認められるから、被告は従業員の使用者として、原告の負った損害について不法行為責任を負うべきものと認められる。

三  請求原因4(損害)及び過失相殺について判断する。

原告が委託証拠金として被告に預けた金額のうち、金三二五七万円の返還を受けていないことは当事者間に争いがないので、これが、被告の不法行為によって原告の負った損害であると認められる。

しかし、原告は、株式取引については充分な経験を有し、社会的に高度の知能を持つと認められる医師という職業にある者でありながら、商品先物取引の危険性について充分認識せずに、わかりやすく記載された「商品取引委託のしおり」の勉強も不十分なまま、被告の従業員の説明を鵜呑みにし、欲にかられて多額の委託証拠金を被告の従業員に預け、大量の商品取引を行った点や、仕事の忙しさにかまけて被告の従業員からの取引勧誘や報告の電話に対して安易に応対をし、被告から送られてくる売買報告書等を充分検討せず、実質的な被告の一任売買を容認したことにより、損害を拡大させた点で、原告の方にも多大な過失が認められる。そこで、これらの点を考慮して、原告の負った損害に五割の過失相殺をするのが相当である。

また、本件事案の内容等を考慮すると、本件と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、金一六〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

原告の請求は、三二五七万円×〇・五+一六〇万円=一七八八万五〇〇〇円及びこれに対する最終の不法行為日である最終取引日の翌日(昭和六三年五月二八日)から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 杉山愼治)

<以下省略>

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